2009/06/20

Star Trek (2009) への不満 (2)

J.J.エイブラムズによる新しい『スター・トレック』、2度目を鑑賞してきたので、言いたいことをぶちまけているところである。まあ、この作品が、娯楽映画(とくにSFアクションもの)としては面白くできているほうである・・・ということを否定するつもりはないし、本国で大ヒットしたことも良かったと胸をなでおろしているくらいである。だが、内容面や描写の面で、長年シリーズのファンをやってきた立場では納得が行かないことがあまりにも多いのである。

細かいことは後回しにするとして、本作品の距離感覚の奇妙さを最初に指摘しておきたい。もちろん、そもそも『Countdown』で、ある星の超新星化がわけの分からないくらい広範囲に影響を及ぼすという設定を作った奴等のことだから、おかしくてあたりまえなのかもしれない。

・ ヴァルカンが地球から近すぎる件

地球の軌道上から出発した艦船が、あっというまにヴァルカン宙域に到着。編集ゆえではない。カークに対する審問会の途中で緊急事態となってから、数時間も経過していないことは劇中の台詞で明確だ。しかし、ヴァルカンって、そんなに近かったっけ?否、である。

半ば公式化している設定は、「地球から概ね16光年の彼方」である。16光年といえば、この映画の時点では実現されていないはずの最大ワープ速度でも、まる2日程度は要するはずである。この世界における「ワープ」は瞬間空間移動じゃない。映画としてのスピード感を重視するためだけに、銀河を箱庭化するな、といいたい。

・ 転送可能距離が長すぎる件

木星軌道から、地球軌道上の船に転送というのもやりすぎだが、「デルタ・ヴェガ」にカークを落とした後、16光年をあっというまに移動できるようなワープ速度で離れていっているエンタープライズに転送・・・って、これはいったい何なのか?新技術による「ワープ中の船に対する転送」とかなんとかいう以前の問題で、転送距離そのものが尋常ではない。これが可能だというなら、近場の惑星間の移動は全部「転送」でいいじゃないか。これは悪いご都合主義である。航宙艦でトレックする必要性を自ら否定してどうするつもりなのか。


・「デルタ・ヴェガ」の所在に関する件

TOS のTVシリーズで銀河の辺境にある星として登場した「デルタ・ヴェガ」の名前だけを借用しているので、同じ星でないことはわかっている。

精神融合の中でのヴァルカンの崩壊シーンを考えれば、この星はあたかもヴァルカンの衛星かなにかのように思われる。が消滅して影響をうけない衛星というのは変だ。(当該シーンはスポックの心象風景であって実際の光景ではない、と脚本家が釈明している。)

いずれにせよ、ネロがあの場所に、スポック(prime) を残したのは、ヴァルカンの崩壊を間近に見せつつ、なにもできない無力さを感じさせたいという理由だった。また、ヴァルカン崩壊後、他の場所に移動する前にカークを追放していく場所であるということから、物語上の整合性を考えてもヴァルカンのそばにある星である。

そうすると、衛星ではないが、ヴァルカンの近くにあるMクラスの惑星かなにか、ということになるだろう。しかし、そんな(便利な)場所にある星なのに、「食糧補給も絶たれるような辺鄙な場所」だという。自己矛盾も甚だしい。(続く)

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